世界先取り,ロンドンの最速コミュニケーション

london communication
英国のロンドンを初めて取材で訪れたのは1988年。携帯型パソコンやスマートフォンも無い時代、地図とガイドブックを頼りに・・・
(せかい旬景 ロンドン今昔30年)

日経ネット版で目に入った見出しを見て,取材記者とは別の光景が浮かび上がったので,ちょっと書こうと思いました。
(該当記事の内容は,登録ユーザーページだったので読めず,知らないのですが)

ぼくが英国のロンドンを初めて訪れたのは1972年。携帯型電話の多さに驚愕したことを覚えています。街の中心街だけの光景だったかもしれませんが,道ですれ違う人たちの中で,ウォーキートーキーのような携帯電話で忙しそうに会話をしているビジネスマンがたくさんいたのです。
後で友人が言うには,ロンドン市内のみの短波を使用しているとのこと。

その頃の日本では,すでにポケットベルがあったかどうか知りませんが,あったとしてもポケベルを受けて近くの公衆電話に駆け込むのが最速の連絡方法だったのではないでしょうか。
ニューヨークは知りませんが,パリにはプニューマティックと呼ばれる速達配布システムがすでにありました。パリだけですが,パリ市内に張り巡らされた,圧縮空気を用いて筒を一瞬にして送るチューブが各郵便局を結び,特急書類が届くとすぐに郵便局員が近所の送付先に届けるのです。

少しでも速い通信方法が鍵を握り,経済発展や競争力に貢献してきたことに異論はないと思います。

でも・・・

そして1980年代,弟が云うには,「ファックスが入ったから,仕事が早く片付くのでフリーの時間が増えるかと思ったら,逆にもっと忙しくなったよ」
数年ぶりに会った従兄弟は,一緒に夕食時を寛いでいるとき,「いやぁ,会社からポケベルを持たされて以来,しょっちゅうピーピー鳴るんだよ」と苦笑いしたかと思ったら間もなくピーッ,「ちょっとごめんね」とレジ横の電話に急いで消えました。
1990年代にフランクフルトの旅行会社で働いていた友人は,「緊急時のみ,として自宅の電話番号を教えてあるのに,ささいなことで夜中にまでやたら電話してくるのは日本人だけ」と会うたびに不平を述べていました。

その頃のフランスやドイツでは(おそらく他の欧米諸国でも),個人の電話番号は知っていても業務時間外の場合は,電話をかけることも受けることも「とても慎重に」が鉄則的な常識,携帯電話が普及してからも個人の番号は教えない・訊かないことがほとんど。
でも日本ではなぜか,数十年前に初めて聞いた友人たちのブツブツは今でも変わっていません。

   

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