ドイツのターフェル

tafeln 1めてドイツに来た頃,知らなかっただけか,無料の食事や衣服が提供される場所を見かけなかったので,ドイツには困窮生活者が非常に少ないか,社会保障が行き届いているのだろうと思っていました。
80年代の中ごろにパリに居たとき,確か有名なコメディアンによって立ち上げられたホームレスの人などのための Les Restos du Cœur という無料食事配給が話題になった記憶がありますが,ドイツはなぜか無風,そんな雰囲気でした。
道端でスープを貧しい人たちに分け与える光景は僕らが知らない戦争直後の光景なのです。

tafeln largeエッセンの事件(?)をきっかけに急にメディアが揃ってターフェルを話題にし始めて,ドイツのターフェルの存在に初めて気が付いた人もいるのではないでしょうか。
テレビのトークショーはターフェルでもちきり。某番組ではドイツ(ベルリン)で初めてターフェルを立ち上げた女性も出ていましたが設立は1993年とのころ,つい最近のことですね。

理由は分かりませんでしたが,インターネットなどで調べると,どうやらドイツのターフェルは「まだ十分に食べられる食料をどうして捨ててしまうような無駄をするのだ。捨てるぐらいなら下さい。食料が必要な人たちに我々が配るから。」という,(使い)捨て社会への抵抗の意味がかなり強かったようです。
そういう意義が多くの人たちの共感を得て,1993年にはわずか1箇所だったターフェルが現在はドイツ全土で1000箇所ほどにまで広まった理由だと思います。富裕層からの寄付という意味でいえば,食料をはじめとする生活物資の配布にしてもカリタスなどのキリスト教会組織の活動は何百年の歴史があるわけですから。

BadHomburgerTafel w600話が前後しますが,エッセン事件を知らない人たちのために簡単に説明します。
基本的に地域的なボランティア活動であるターフェルは,ベルリンの女性が始めた数年後にはドイツ全国に広まったことで全国組織として正式にTAFEL e.V. として発足していますが,ほとんどのターフェルは社会保障生活者をはじめとする生活困窮者に限って食料を1週間に1-2回配給しています。

事件元のエッセンでは,食料を求める人たちでいつもごった返し,特に増えてきた難民がドイツ人のお年寄りを押しのける行動などで必要な人たちに食料が行き渡らない事態が発生したため,「配布はドイツ国籍の人のみ」としたことが,燃えた発端です。
「言語同断,とんでもない」と差別を非難するメルケル首相,「気持ちは分かる」とする政治家たちとの議論にもなると共に,ターフェル活動の意味,生活困窮者とドイツの社会保障政策の不備にまで広がり始めているのです。
しかし,エッセンのことに関しては,判断はみなさんにお任せします。

デュッセルドルフ日本クラブのサイトを見ていたら,デュッセルドルフ・ターフェルに寄付,との写真がありました。
ですから,やはりどんなところに寄付しているのかぐらい,やはり知っておくべきでしょう。
いろいろな問題はあるにしろ,ドイツのターフェルは順調に良い形で成長しているのではないでしょうか。
当初はボランティアの人たちが食料品店やスーパーに1軒1軒お伺いをたて,夜明け前や真夜中に自家用車で残った食料品をもらいに行っていた地道な活動が芽を結び,スーパーも「私たちの食品は無駄にしません,ターフェルと協力しています」というのがマーケティングにつながるようになったことで,Give and Take が Win-Win になったのです。

次の課題は,無償でも,配給を受ける困窮者に対する敬意です。ドイツのターフェルで,平均で週1回,3.4キロの食材の配給を受けているドイツ全国150万人の3分の1は子供・青少年だそうです。金がないために食料などの生活必要品が十分買えない子供たちに同情など要らない。そこで得るモノと共に,ボランティアの人たちとの出会いなどを通して希望や生きる強さも得てほしい。
少なくとも,子供たちに劣等意識などを与えることのないように,大人には「恵む」意識はやめてほしい。
上の写真のおばさんの笑顔はグッド :-)