vater sohn w430朝のバスの停留所で,子供たちを含む多くの人たちが殺傷されたニュースはドイツのテレビでも流されていました。
「犯罪,特に重犯罪の発生率はとても低い日本で・・・」という注釈付きで。
その後,父親が40代の息子を刺し殺すという事件。
そして,インターネットでベルリン在住の音楽家という方が書かれていた記事を偶然目にしました。そして,また今日(6月10日)も同じ事件について「甘えの構造」からの分析をしておられました。

深い見識の記事だとは思うのですが,なぜか腑に落ちませんでした。

  • この方には家族,というか子供がいないのではないか
  • 分析としては正しくても,これでは解決への道筋を示すことにはならない

という気持ちのほうが僕にとってとても大きいのです。

親も子も悩む,それが当たり前

子供を持つ家庭で,親子関係はまぁまぁうまくいっているという人は非常に少ないのではないでしょうか。
世の中のほとんどの親・子供は,信頼関係に結ばれた親子の絆を築くことには異存などないと思いつつも,気持ちの行き違いが多く,正論や良心での解決を試みながらも,悩みの連続だと思います。
内に,どんどん自分は老い,どんどん大人に近づく子供の変わり具合に戸惑い続けます。
そういう親子の形に国境はありません。欧州で多くの家族とその影に浮かぶ悩みの形を見てきて,「あれ,この人たちも僕らと同じ普通の人間なんだなぁ」と不思議に感心したことは一度や二度ではありません。
僕の場合,子供が幼いころ,「そんな教育はダメ,こうしなさい」と度々言われたのを覚えています・・・子供のいない先輩大人から。
自分が当事者になると,子育てはとてもセンシティブなことだと改めて実感するのです。

ですから,おそらく今回のような事件を見聞きした普通の親や子は,このような事件に発展することはなくても,自分たちの家庭環境でも起こった,似たような体験を思い出し,「他人事じゃないな,危ないこともあったのにここまで来れた,感謝すべきかなぁ」などと,いろいろな想いを馳せるのではないでしょうか。

非を責めず,論理ではなく,親身になって一緒に考える第三者が不可欠

ところで,まだ子供たちが小学生のころ,「子供たちとの健全な関係」という親子一緒の泊り込み2週間のクアに行きたい,とカミさんに言われたことがあります。何でも,離婚した知り合いの女性がこの「親と子の教育療養」に参加してとても有意義だったそうです。それに健康保険が全額支払うので金銭の負担は無いとのこと。
でも僕は答えました。「子育てにおける多少の問題は当たり前。すべての親が直面し,乗り越える極々普通のことだから問題ともいえない。すぐ他人の助けに頼り,またそんなことに安易に金を出すから健康保険がパンクするんだ」と諭して,止めさせたことがあります。

family wh400今だったら何と答えるか定かではありません。
いずれにしても,はっきりとしていることがあります。
こと,親子関係のような繊細な問題は,当事者が当事者同士で解決しようとしてもどんどん煮詰まるので,第三者の助けが欠かせない,ということです。

日本の事情は知りませんが,「人間」に関する悩みや問題の相談ができる公私の機関・団体が少ないのではないでしょうか。
自分で考えて,学んで,解決しようとするのではなく,まだ芽が小さいうちに第三者の助けを乞うとか,似たような家庭状況の自助グループなどに参加するとか,が極く普通に行われる日本社会になってほしいと思います。

負け組みなど本当は社会にほぼ皆無。多くの人たちは,負け組みの気配が自分自身に出て来ると他人には見せないように計らっているだけ。
ですから,家庭問題を抱えるのは恥ずかしいことでも子育ての間違いでもなく,ましてや,ニート,甘え,正義感などの表現で,問題の当事者の「非」を説明しても解決には何らなりません。
アドバイザーや自助グループなら,おそらく「非」については語らないと思います。

先日,縁あって,ドイツ人の奥様をもつ,日系企業の社長職を長らく勤められた80歳代後半の日本の方にお会いする機会がありました。
初対面なのに,「自分は一生,会社会社,仕事仕事で,家族と一緒の時間をほとんど過ごすことがありませんでした。自分にとっては貴重な一生の時間を無駄にしたような感じだし,子供,特にワイフに対してとても申し訳なく思っています」と言われて驚きました。

ヨーロッパでも増え続ける家庭内暴力,そして離婚

家庭内暴力という表現は少なくとも30年前から使用されていると思いますが,ドイツでも近年とみに増えています。
2018年度は,3日に1人の割合で女性と14才以下の子供が殺され,多くの場合,女性の暴力殺人者は夫または近い関係の男性,子供は父親または別れた父親となっています。
大きな事件にはならなくてもドイツ女性の4人に1人は男性から強姦を含む暴力を受けたことがあるそうです。
重症を負わせる暴力事件を含めると,毎日,1人の女性と1人の子供が被害者になっているわけです。
また,ドイツ国籍ではない被害者の率はドイツ人の3倍というデータが出されています。

親同士の喧嘩の現場にいる子供たち,それに離婚も暴力殺人と深く関わっています。
計算上は,ドイツの子供たちの2人に1人は,18歳までに両親の離婚を経験するそうです。計算上は,と書くのは,2回3回と離婚する人たちも結構いるからです。
パリの友人が,「パリでは,生みの親が2人とも家にいる子供たちは,小市民的な家庭の子供だと言われて,いじめを受けるんだよ」と冗談半分に言っていました。
それほど,パッチワーク家庭が主流を占めるようになった現代社会。
もはや昔のように,「健全な家庭」の決まった形はないわけですが,「家庭・親子の健全さ」を求め続ける,偏見無き,肌を触れ合いながらの助け合いはもっと大きくなってもいいはずです。
正論でも分析でもなく,ときには井戸端のおばさんたちの一言がさらっと解決することも間違いありません。

日本人の特徴を指摘する日本人論はいろいろな機会に目にしますが,現代の多くの日本人は都会人間としての生き方というか適応方法をよく身につけているようです。
僕は田舎者なので未だに馴染めません。
こんな非人間的な大集団がうごめく中で,どうしてひとりも発狂しないのだろう,ひとりぐらい急にナイフを振り回してもおかしくないのに。東京の満員電車の中でたびたび頭に浮かんだ思いで,はっきりとした記憶です。ほぼ40年前ですが・・・

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