translate w640ラジオを聴いていたら,「一体,詩というものを翻訳できるのか,翻訳とは」というテーマで文学者や翻訳者がむずかしい話をしていました。

リルケの詩は翻訳不可能とか,原文とか翻訳文とかいう表現は,少なくとも文学の中ではおかしい,とか,僕のような凡人にはまさに理解不可能な議論でしたが,いつも不思議に思っている和訳についてまた考えるきっかけになりました。

一例ですが,ビンラーデンがパキスタンで米国の秘密部隊に射殺された事件は覚えていらっしゃると思います。
そのとき,オバマ大統領が叫んだ言葉は,"We got him"。
日本のメディアが大きく書いていた訳文は,「奴を仕留めたぜ」。

英語圏に住んでいる人とか,英日のマルチリンガルの人にこの訳について尋ねてみたいのですが,一向に機会に恵まれません。
書き言葉ではなく言動ですから,いくら安倍首相でも,奴をとか,~ぜとか,のような表現は,2ちゃんねるではあるまいし,しないと思うのです。
「やったぁ!,うまくいったね!」ぐらいの感じではないのでしょうか。

脚色ではないのですから,翻訳は忠実に行なってほしい,というのは度々思うことです。

以前は,海外向けの日本語テレビ放送が時間帯によって無償で見ることができたので,ときどき見ていました。
あるとき放送されていた,アイルランドの漁夫へのインタビューが入った日本のドキュメンタリー。アイルランド人はごく普通に話をしているのですが,オーバーラップで話す吹き替えの話し方と和訳文がすごいのです。
低いしわがれ声で「わしはなぁ,~じゃよ」のような,荒くれ爺さんが語る表現でびっしり。漁師のアイルランド人は若い人ではありませんでしたが,アイルランドアクセントは少ないので僕でも聞き取れるような正統できれいな英語でした。映画の完全な吹き替えならば理解できないこともありませんが,ドラマではなく事実を伝えるドキュメンタリーでさえ,日本の製作者は観客が抱いている,型にはまった漁師というイメージに応えるように修正してしまうのか,と,またもや失望しました。

プログラム提供元: CComment