Baden-Württemberg

baden-wuertembergバーデン・ヴュルテンベルク州

自然では,南のスイス国境地域に広がるドイツ最大の湖ボーデンゼー(Bodensee)と,州の西半分を占める黒い森(Schwarzwald)が有名ですが,メルセデス・ベンツのシュトゥットガルト周辺またはドイツ最古の大学と古城で知られるハイデルベルクを第一に挙げる人もいるかも知れません。

もともとバーデン地方(バーデン王国)とシュヴァーベン地方(ヴュルテンベルク王国)に分かれていた地方で,戦後も北部のアメリカ占領地域,南部のフランス占領地域に分断されていましたが,1951年の住民投票によってひとつの州になりました。方言も強く,シュヴァーベン地方の言葉とでも言ようものなら,「ここはバーデン地方ですよ」と抗議されるほど似て非なるものの静かな対立があるようです。
いずれにしても方言は強く,バーデン・ヴュルテンベルク州はそこを逆手に取って,"Wir können alles. Außer Hochdeutsch."(私たちは,標準語以外なら,何でも出来ます)を州のPR用語にしています。

カールスルーエからフライブルクまでは,ライン川沿いのワイン畑が数百キロ続く,日本人にも馴染みの深い風光明媚な「黒い森」地方になります。鳩時計(ドイツではカッコウ時計)も黒い森が発祥の地,またドナウ川も黒い森の水源から始まります。
因みに,大学都市フライブルクはドイツ人の住みたい町の人気投票でトップの座を保っています。
そして,2011年,ドイツ初の緑の党のクレッチュマン州首相を誕生させたのもバーデン・ヴュルテンベルク州です。

人口: 1千万人
州都: Stuttgart(シュトゥットガルト)

>>> バーデン・ヴュルテンベルク州の公式サイト
>>> バーデン・ヴュルテンベルク州観光局の公式サイト

Berlin

berlinベルリン

1945年から1990年までの東西ドイツ分割の時代を除き,18世紀のプロイセン王国の時代から常に首都であり続けたベルリン。しかし,都市として登録されたのは12世紀ですから,ヨーロッパ諸国の中では若い都市ともいえます。
ベルリンの面積は約900平方キロもあり,広大です。往年のベルリンの壁も,東西45km,南北38kmの長さがありましたから,パリなどより大きいのではないでしょうか。そして街の4分の1は緑地または湖です。

統合ドイツの首都として新たな出発をしたベルリンですが,表面上は華麗に見えても実経済はいまだに火の車。政府所在地の首都なのでいくらでも負債は許可される感じです。日本へならば世界の銀行がいくらでも金を貸すように,ベルリンも同じように貸してくれる金融機関を探す苦労は少なくても,20年以上も負債が増え続けると,どこかおかしいと多くの人が感じ始めます。さらに,ベルリン新空港の前代未聞のコーディネートミスが追い討ちをかけたか,ヴォーヴェライト市長も辞任を余儀なくされました。

それでも,ベルリンはコスモポリタンへの道を着実に歩み始めています。オールナイト・パーティーを求めてヨーロッパ中からやって来る若者たちだけではなく,欧米のネット業界の起業家たちがベルリンに集まり始めているのには,単にロンドンやパリよりも労働力や家賃が安いという以上の理由がありそうです。今までは,ドイツ人の英語力の低さに閉口してきましたが,北欧やオランダのように,徐々にでも「英語が通じて当たり前」のベルリンになってくれることを期待します。

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Hamburg

hamburgハンブルク

正式名称の自由ハンザ都市ハンブルクから分かるように,ハンブルクはハンザ同盟に加盟した1321年以降急速に発展した港湾都市です。100年前まではニューヨーク,ロンドンに次ぐ世界三大貿易港のひとつで,多くの日本人や日本企業がドイツの在留地として最初に住み始めたのもハンブルクです。戦後,海運・造船業界が衰退するにつれ,航空産業などにシフトしています。エアバス生産工場もハンブルクにあります。また,メディアでは,ドイツ通信社DPA,ニュース週刊誌の代表格 Der Spiegel(シュピーゲル)などがあることもあり,多くの出版社が本社を置いています。日本の時事通信社も昔からハンブルクを拠点としています。また,ハンブルク生まれでハンブルク方言しか話せない(?)ヘルムート・シュミット前首相をはじめ,SPD社会民主党が強い地域としても知られています。
街の景観も,多くの港町のように,世界中からの荒くれ船員たちに群がる飲み屋街と女性街という雰囲気は皆無で(レーパーバーンはありますが),何か垢抜けた,ややインテリ,かなりリッチという印象を受けます。

ウド・リンデンベルクのかすれ声でレーパーバーンの名称の方が有名になった感じですが,地区名は St. Pauli(ザンクト・パウリ)。ビートルズが毎晩4-5時間演奏し,ポール・マッカートニーも「ハンブルクの特訓で力と自信がついた」と言って懐かしがるハンブルク,といってもザンクト・パウリしか知らなかったようです。

>>> ハンブルク市の公式サイト
>>> ハンブルク観光局の公式サイト

Bremen

bremenブレーメン

都市州としてのブレーメンという場合,ブレーメン市とブレーマーハーフェン市の両方を指し,ブレーメンは州都となります。昔から港町として栄えていましたが,やはり海(北海)から57キロも離れているというのが難点だったのかも知れません。1827年に河口に都市ブレーマーハーフェン(ブレーメンの港の意)が建設されてからも,ブレーメンまでの航路は確保されたものの,港町としてのブレーメンの機能は徐々に落ちていきます。

ブレーメンもハンザ都市(1358年)ですが,近代においては,一般的には造船都市として知られていると思います。第二次大戦直後の時期は,アメリカからの援助物資がまずブレーメンに着いたこともあり一時期活気を浴びていました。しかし,ドイツ最大の造船会社ブレーマー・ブルカン社の倒産後(1996年),造船業は急速に衰退し,ルール工業地帯と並ぶ失業者地域としても有名になったようです。
にもかかわらずグリムだけは永遠に健在。グリム童話の「ブレーメンの音楽隊」が大きなPR役を果たしてくれ,グリム童話ファンのメッカにもなっています。

また,ヴェーザー川沿いのウォーターフロントに並ぶカフェテラス,そして学生街(1970年に総合大学設立)など,時代の流れと共にやや余裕を持った小都市として再出発しているのもブレーメンです。

Leuchtturm Roter Sand(赤い砂の灯台):

1878年,ドイツで初めて建設されたオフショア施設が,沿岸から30kmの北海に浮かぶ灯台 Roter Sand(赤い砂)です。
>>> Roter Sand e.V.

人口:
ブレーメン: 55万6000人
ブレーマーハーフェン: 13万人

>>> ブレーメン市の公式サイト
>>> ブレーメン観光局の公式サイト

Schleswig-Holstein

schleswig-holsteinシュレースヴィッヒ・ホルシュタイン州

ドイツ最北,ハンブルク以北に位置する州です。実際,この辺りは全土がデンマークだったのか,祖先からドイツ人という人たちがどの程度いるのか,なかなか分かりません。政治的には,9-10世紀にデンマーク王の支配下に置かれて以来,部分的・全体的にドイツに属したり,またデンマーク領となったり,ほぼ独立した形となったりの繰り返しだっとようです。地理的には,東はバルト海,西は北海,北はデンマーク国境,そして6万人以上のデーマーク人が住んでいる北部のシュレースヴィッヒ地方と南部のホスシュタイン地方とに分かれています。シュレースヴィッヒで有名な場所は(一般的には)わずか一ヶ所,ハイタブ(Haithabu)という,バイキングの町です。ハイタブは,バルト海,北海沿岸で,都市としての機能を持った初めての集落で,最盛期の10世紀ごろには約1000人が住んでいました。すでに1000年ごろに破壊されたので当時の面影はありませんが,バイキング時代を想像できる景観は変わっていません。当時のバイキング社会の様子は博物館で知ることができます。
>>> ハイタブ・バイキング博物館(Wikinger Museum Haithabu)
シュレースヴィッヒ・ホルシュタインに観光・休暇などの目的で訪れる日本人はあまり多くはないからも知れませんが,西側の北海には美しい島々がいくつも浮かんでいます。また,ハンザ同盟都市キール(人口25万人)のヨットレースをはじめ,マリン・スポーツのファンにとっては,北海・バルト海の沿岸はドイツ随一の場所です。
もうひとつのハンザ同盟都市であり,トーマス・マンの生地でもあるリューベックも美しい町として知られています。

人口: 280万人
州都: Kiel(キール)

宗教:
プロテスタント: 53%
カトリック: 6%
その他の宗教または無宗教: 41%

>>> シュレースヴィッヒ・ホルシュタイン州の公式サイト
>>> シュレースヴィッヒ・ホルシュタイン観光局の公式サイト

Mecklenburg-Vorpommern

mecklenburg-vorpommernメクレンブルク・フォーポマーン州

ポマーンとはスラブ語で,海岸の意。バルト海を臨むドイツ最大のリゾート地域,メクレンブルク・フォーポマーンは,州全土が野生動物も多い国立公園です。旧東ドイツに属していた頃は西ドイツの住民は全く行くことが出来なかった自然の宝庫。バルト海沿岸はとても変化に富み,内陸では約650の大小の湖を囲む自然保護地域が広がっています。湖の間に広がる田園地帯は,氷河時代に形作られた地形です。

また,シュトラールズュンド(Stralsund)とヴィズマー(Wismar)の旧市街は,2002年にユネスコ世界文化遺産に指定されています。

人口は約160万人ですが,東西ドイツの統合後,観光的には西側ドイツから人々が押し寄せて訪問し始めたと同時に,多くの住民が西側に移住(移転)したため,20数年を経て数十万人少なくなっています。また,禁止すべきか否かで論議を呼び続けているドイツの最右翼,NPDドイツ国民民主党がほぼ10%を占めているため,観光はともなく,住むとなると,我々有色人種は二の足を踏みます。

人口: 160万人
州都: Schwerin(シュヴェーリン)
失業率: 10%

宗教: ほとんど無宗教
プロテスタント: 17.3%
カトリック: 3.3%

>>> メクレンブルク・フォーポマーン州の公式サイト
>>> メクレンブルク・フォーポマーン観光協会

Brandenburg

brandenburgブランデンブルク州

旧東ドイツに属していたベルリンの周囲地域がブランデンブルク州。東はポーランドと国境を接しています。陸の孤島の住民だったベルリン市民にとっては,別の意味で自由の空気が入って来た感じだと思います。シュプレー川を筆頭に運河のような川沿いに,緑に囲まれた多くの地域も魅力ですが,ブランデンブルクといえば州都ポツダム,ポツダムといえば,やはり壮大な王宮に尽きます。広大な庭園とサンスーシ宮殿で有名な旧プロイセンの王宮に匹敵する場所は,他にドイツにはないと思います。

この一帯を制していたブランデンブルク辺境伯の領地の登録年は1157年となっています。しかし,1800年頃からプロシア王国の勢力が強まるにつれ,ブランデンブルクという名称は選帝侯や辺境伯というよりも徐々に地名となったようです。東西ドイツの統一後,ベルリンとブランデンブルク合併の論議もありましたが,結局住民投票で否決されたのは,旧東ドイツ市民との価値観の違いも然ることながら,孤島で生き続けてきた西ベルリン市民のベルリンに対して抱いている強い想いではないでしょうか。

人口: 245万人
州都: Potsdam(ポツダム)

>>> ブランデンブルク州の公式サイト
>>> ブランデンブルク観光局の公式サイト

Niedersachsen

niedersachsenニーダーザクセン州

フォルクスワーゲン本社,グリム街道,ハノーバー見本市などで知られながら,地理的な位置はあまり頭に浮かんで来ません。しかし,北部は北海沿岸に東フリースラント諸島が並び,北西はオランダと接しています。主要鉄道が北部を横切っていないこともあり,なかなか通り過ぎる機会もないので,訪れたいという興味もあまり沸かないかも知れません。しかし,車で田舎を廻ると,沼地や湿原の間に,本当に中世から時代が止まったかのような城がいくつも現れるのは圧巻です。

現在の州都ハノーバーの領主は,1714年から1837年までイングランド王を兼ねており,ドイツ嫌いの英国人にわずかな好感を与える史実となっているようです。 また,大学町ゲッティンゲンは,気のせいかドイツ人の知性と奥ゆかしさを感じる文化の香りもするのでお奨めです。

人口: 780万人
州都: Hannover(ハノーヴァー)

>>> ニーダーザクセン州の公式サイト
>>> ニーダーザクセン観光局の公式サイト