クリシェー


日本語で偏見といえば誤った理解の意が強い印象だけれども,先入観は,正しくはなくても間違いでもなく,意識することが少ない自分勝手な認識も含まれているような,まぁどっちともいえない語感がある。

ドイツ語の普段の会話で用いられている類語にクリシェーというのがある。
語感から想像できるように元々はフランス語,そして勿論フランスでも日常に使われている(と思う)。

Cliché

また,似たような意味のステレオタイプ。

Cliché VS Stereotype

このクリシェーとステレオタイプは使い分けがむずかしい。
まぁ同意語としてもいいのでは,と思うし,筆者も違い(が分からないので)を意識せずに用いていた。

権威的な辞書にはどう記されているか知らないけれども,日常的に用いられる際の現在の意味は・・

先入観という意味では同じだが,クリシェーは言い古された陳腐な先入観。
だから,「それはクリシェーじゃないの?」と言えば,一般の人たちはそう思いこんでいるだろうけれども,という感じで,自分はそんな下級レベルの判断はしないという自負も多少入る。

対する,ステレオタイプは,一般的に定着している特徴であることは認めるけれども,客観的に見た先入観または偏見だし,自分は不公平かつ真実ではない,と思う,という意味で用いる。

さて,そこで,フランス人のブロガーが書いていた,自ら認める「ドイツに対するクリシェー」というテキストがあったので紹介したい。
ドイツに住んでいる筆者としても頷くところは多い。

https://www.roadcalls.fr/6-cliches-sur-lallemagne-et-les-allemands-que-je-vous-autorise-a-demonter/

Les allemands sont discrets
分別があるドイツ人

私もそう思う。比較論なので多少の差ではあるけれども,この違いのすごさにはときどきハッとさせられる。
見てみぬふりをする,中島みゆきのタクシードライバーも分別がある。
誰かが恥ずかしいと思うようなことに直面すると,当人だけではなく,居合わせたほかの人にも,自分は気が付かなかったふりを完璧に行い,通り過ごす手助けをする。
大げさな言い方をすれば人徳や道理ともいえるので,国境は無く世界のどこにでもそういう人たちはいるのだけれども,上記のように多少の差はある。
経験からいえば,東欧や南欧の人たちよりも中部以北のヨーロッパ人のほうが分別があると言い切れる。

Les allemands sont carrés

これはどう和訳するのだろうか。
型にはまったドイツ人? 常識を頑なに守る真面目さ?

ブロガーが書いていたアーヘンでのエピソードはまさにそうだ。
彼はアーヘン(ベルギー国境のドイツ西部の町)に行った折,反対側の通りに知り合いがいるのに気づき,すぐに渡ろうと思ったけれども躊躇したという。
フランスならば,すぐに渡ればすむ話なのでなんのことはないのだが,なぜかドイツでは空気の違いに妨げられた,ということらしい。

いずれにしても,これについても私も同じ意見。
歩行者の信号は赤だけれども,車はほとんど通っていない。そこで,反社会の典型的ともいえるパンク風の様相をした若者たちが真面目に「信号が青に変わるのを」待っている姿は滑稽で,初めて見たときは驚いた。
まさにそれを彼も書いていたので私も膝を叩いた。

話がそれるけれども,エリッヒ・オーザー(Erich Ohser:1903–1944)が描いた4コマ漫画シリーズのVater und Sohn(父と息子)を思い出した。
詳細は忘れたけれども,息子と一生懸命にお父さんは遊ぼうとするのだけれども,息子はなんどやっても満足しない。最後にあきらめて言う。「お父さんは真面目すぎるんだよ!」

Les allemands sont des alcooliques
ドイツ人はアル中気味

これについては定かではないのでパス。
彼はミュンヘンのオクトーバー祭や多くのドイツ人が集まったときの大声で騒ぐ様子を言っているけれども,酒が入った騒ぎは,形は違えどどこの国でもあるので何ともいえない。

Les allemands sont ouverts d’esprit
開放的な思想を持ったドイツ人

これについても分からない。
ただ,ドイツでタトゥー(刺青)や耳だけではなく唇や瞼などへのピアスをしながら,洒落たブティックの店員や高級公務員になっている状況には私も驚いたけれども,ドイツの特徴だとすると,さらに驚く。

Les allemands sont bons en langues étrangères
外国語に堪能なドイツ人

どうかなぁ?
短いドイツ旅行中に彼が出会った人たちや民泊のホストがバイリンガルに近いほど,英語やフランス語に流暢だった経験から述べているけれども,個人的にはドイツ人はまだまだ北欧人や隣りのオランダ人,ベルギー人などと比べると,英語ができないと思う。

L’allemand est moche (je parle de la langue voyons !)
醜いドイツ語

彼は,ドイツ語という言葉の響きに関する一般的なクリシェーを語っているのだけれども,真意は反意的な意味。かっこ悪い言葉だと思い込んでいたけれども,ドイツに来てドイツ語をとても心地良く感じた印象を述べている。
どうしてドイツ語を醜いと思いこんでいたのか自問。
言語の響きの印象は,先入観もあるけれども,多くは好みに近い個人的な価値感だろうと思う。

私は逆に,ドイツ語を一切耳に入れたくないほど,ドイツ語の音嫌いになった時期があるし,今でも慣れただけで,ドイツ語の言葉の響きの美しさなど感じたことはない。南ドイツに住んでいたころ,旅行で訪れた日本人の「ドイツ語は音が美しく,心地良い」という印象を聞いたときは真からたまげた記憶があります。
しかし,ネットなどでは「美しいドイツ語」について語る日本人は結構いるので,ひょっとすると私のほうがおかしいのかも知れない。

あるとき,偶然出会った中国人の若い女性から「日本語というのは世界で一番美しい響きを持った言語ですね」と言われたときは,お世辞ではなさそうだったので,またまたたまげた。曰く,フランス語と互角だそうです。

かっこつけと言われても仕様がないけれども,私にとってはフランス語,正確にはパリ語かもしれないし,上流フランス語かもしれない一種のフランス語が素晴らしい。いずれにしてもフランス語の響きには,私を含め並の外国人には絶対に真似すらできないほどの美しさがある。
響きの好きな外国語と問われたら,ブラジルのポルトガル語,ロシア語,イタリア語,アメリカ英語(東海岸)なのだけれども,フランス(パリ)のフランス語の響きは卓越している。

先日も,南ドイツの小さなホテルの朝食ルームで,何やらフランス語が聞こえた。
テーブルにひとりで座っていた女性が「コーヒーはどこにあるんですか?」と叫んでいる。「あなたの目の前の小さなポットがコーヒーですよ」というと,内容は忘れたけれども,いろいろ語った後,朝食を始めた。
久しぶりに聞いた上品で美しいフランス語だった。

話がそれたけれども,一般のフランス人のドイツ人に対するクリシェーは,根本的には100年変わっていないのではないだろうか。

 

 

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