大人は判ってくれない
Fridays For Future 運動がドイツでも広がるにつれ,ティーンエイジャーたちの社会や政治への抗議の声が聞こえて来ましたが,それほど気には留めていませんでした。
家の娘たちが「このまま行けば9年後には地球の自然環境はもう回復不可能な絶対危険点に達する」などと言うので,「環境汚染や地球温暖化が進んでいることは認めるけれども,その9年というのは何なんだ。どこに学術的なデータがあるんだ?」と応えていたほどです。
そして,欧州議会選挙の数日前には「REZO, REZO だ!」と自分の大きな代弁者を発見したような興奮状態のティーンエイジャーたち。
テレビで流されていたREZOは1-2分でしたが聞いて知っていたので,「話し方も嫌だし,意見が短絡的すぎる」と返しながら,それでも彼のYoutubeビデオを全部聴くことを娘に約束しました。
そして,約束どおり,最初から最後までの55分間,聞いたのですが,実に驚きました。
実を言えば,あたしが,俺が,の自己主張だけが強く,ヒットやスキャンダルにのみ焦点を当て,飲み食いやファッションの写真をやたら載せてあるソーシャルメディアは敬遠し,ほとんど見ないので比較はできないのですが,各テーマに関するREZO君の意見や思案だけではなく,彼の話し方もストレートで説得力があり,そしてビデオとしてもプロ級の品質だと思ったのです。
CDU/CSU/SPD の大敗の原因?
欧州議会選挙2019におけるドイツのキリスト教民主同盟・社会党の完敗のニュースと共に,カレンバウアーCDU党首の,あたかもユーチューバーが策略的に選挙間際にCDUを中傷したから若者たちの票を失ったといわんばかりのイライラした表情と発言がテレビで流れました。
継ぎ接ぎだらけのビデオでジャーナリズムなどではない。アナログのジャーナリズムにあるような規定をディジタル世界でも作り,発言の自由の定義についても考えるべき,というような趣旨を述べていました。
しかし僕には,彼女は本当にビデオを全部見た上で,そんな意見を言っているのだろうか,技術的にもこれほどの質をもったビデオを作成するのはプロでもかなりの時間やスタッフを要するのではないだろうか?
やれディジタルだ,やれソーシャルメディアだ,などと重要性を述べ,若者たちにアピールすべく政界の各党が若いソーシャルメディア発信者且つインフルエンサーを雇用しているにもかかわらず,金・人・機材・時間では圧倒的に勝るCDU/CSU/SPDが若者たちに受けるようなネット発信ビデオを製作できなかったことを反省すべき言葉が少し聞けるかな,と思ったのは期待はずれでした。
多くの議員の反応は「政治家は冷笑的に批判されるのは日常的なのだから,ゆったりと受け止め,無視するに限る」というもの。
確かに,ビデオのところどころに現政権への批判が織り込まれ,最後に,「とにかくCDU/CSUには票を入れないようにしよう。AfDは問題外」とはっきりと叫ばれると憤慨したくなる気持ちも分かるけれども,僕が聴いた限り,無意味な中傷ではなく,建設的な批判なので,しっかりと聞き,機会があれば具体的に答えるのが筋のような気がします。
(注: なんとCDUはCDUのホームページでREZO君への公開回答を出していました。 REZOに宛てた公開書簡 - 私たちの見解)
メルケル首相しか知らない若者たち
REZO君は26歳,つまり物心付いたころからCDU/CSU,それもメルケル首相しか知らない世代。比較できる別の政権を体験したことがないので,CDU/CSU/SPDへの批判というよりも,自分が知る限りの自分の国ドイツの姿勢や政策に対する「あまりにも多い,おかしいと思う点」を指摘しているだけなのです。
別の政党が過去20年間,与党だったら,同じような矛先が当たるかもしれません。
また,同時に,個人的には,首相が何期でも延々と任期に就けるドイツの政治システムについて論議される機会になればいいと思います。
多くの若者たちが抱いている「世界の不思議」に答えない政治
やっぱり政治家というのは,毎日毎日,政敵に勝つことしか考えていない人たちなのかなと改めて思う。
政治家からは,若い人たちに向けてもっと訴えるべき,という声はいつも聞こえるけれども,具体的な彼らの問いに具体的に答える行動がみられない不思議。
今回のユーチューバー(REZO)によるCDU批判に対しては,当初はCDUは無視を決め込み,彼のビデオのクリック数が一挙に100万から350万以上に増え始めてから動揺し,反論を始めたと思っていたのですが,ビデオ公開まもなく具体的な回答を書簡で公開していることを知りました。
欧州議会選挙の大敗後は,青少年CDU代表とREZO君との討論やビデオ作成なども考えたようですが,結局ほかには何も行わない決定に落ち着いたようです。
ドイツに限らず,インターネットを介した「訴え」が,これまでにないほどの規模で政治や世論に影響を与えるキケンは,日本でもいつでも起こり得ると思います。
REZO君が提示している問題点は,普段のニュースで流れてきたテーマなので,ほとんどの人たちは何となく知っているのだけれども,にもかかわらずこのようにストレートに語られたことで,どうして新たに動揺させたのだろうか。
おそらく,若者たちへの影響力がニュースおよびCDUの動揺の理由だと思うけれども,知らない(またはドイツ語が分からない)人たちのために,問題になっているREZO君のビデオの内容を具体的に見てみます。
1. Gewinner und Verlierer - 勝ち組と負け組
REZO君は,収入の差の広がり,誰でも高等教育・専門教育を受けられる平等教育といいながら明らかに裕福層が高等教育を受けている実情,親から多額の遺産相続を受けた子供は高等教育だけではなく社会の出発地点から裕福な資本に恵まれている不平等,国の教育への投資の不公平さはPISAの結果にも表れている,といいます。
対するCDUの回答では,2000年代の初頭から国民平均の収入の差は縮まっていること,高額所得者の上部10%が50%以上の税金を支払っていること,PISAの成績もドイツは過去10年上がりつつある事実を述べています。
REZO君が提示した比較データに多少の間違いまたは誇張があり,CDUの回答が数字の上では正しいとしても,一般の人たちが感じている収入の不公平に変わるところはないと思います。温度でも体感温度というのがあるように,実際の気温とは異なる温度を人は感じるのです。それは,メディアの影響が多少はあるとしても,自分のお金を使い切ることができないと嘆くスーパーリッチ層や週50時間働きながら月末には何も残らず,欧州他国や米国と比較すると少ないにしろ,過剰な借金を抱える世帯が増え続けている現実に身近に接していると,そのような体感温度になるのです。
しかし,それよりも,REZO君が意識しているかどうかは定かではありませんが,多くのスーパーリッチが使うお金は,事業への直接的な資金ではなく,別会社への投資や株式購入など,いわゆる,すでにある金を動かすだけでもっと増やすマネーゲームが多く,そのようなネオリアリズムに顕著に表れた自由資本主義が生み続けている不平等と弊害が根本的な問題だと思いますが,これについてはわずかな知識者が指摘することはあっても政界では全く無視されています。
先日も,ドイツ青年社会党(Jusos)のケヴィン・キューナート代表が資本主義社会の制度自体に疑問を投げかける発言をすると,若者のナイーブさ,経済への無知など,さんざん笑われたばかりです。
教育機会の不公平についても体感温度です。日本や米国などと比較すると天国のように思えるドイツの学費。大学の勉学だけではなく,多様な教育,つまり,職場研修などを含み,「何か勉強しようという,収入の少ない家庭にいるすべての青少年」に学費・生活費の援助を与える国の奨学金制度(BAföG)が整っているので,「金がないから勉強できない」ということは,0才から20代まではありえないのです。
にもかかわらず,最も重要な保育園・幼稚園の20年以上にわたる異常な慢性的な不足,レベルが高く良家の子息が多いギムナジウムは設備が整ってピカピカ,同じ公立学校でもレベルが低く,低所得者の家庭が多い中学校・高校の校舎はボロボロ,という状況が若者たちに「不公平」という印象を与えるのは当然だと思います。
2. Die Klimakrise - 気候と環境問題
REZO君は,CDUが再生可能エネルギーや自然エネルギーへの投資の失敗および8万人の従業員を失業に追い込みながら2万人の炭鉱労働者を救済するために褐炭の採掘を続け,二酸化炭素の排出を黙認しただけではなく,EU決定の二酸化炭素の削減目標も遵守できず,また露天掘りによる自然環境の破壊にも配慮していないことを非難しています。
また,ドイツ諸都市の大気汚染がEU規定に違反しているのに,自動車産業に配慮して遅々として進展が見られないこと,電気自動車をはじめとするクリーンな交通網の構築で他の先進国に大きな遅れをとっていることなどを指摘しています。
CDUの回答は,8万人を犠牲にして2万人を救う,という単純な問題ではないこと。鉱山関連の事業に依存している労働者・従業員ははるかに多いこと,石炭採掘は徐々に閉鎖していることなどを述べています。
REZOの指摘どおり,ドイツの政党ではAfDが環境問題を否定している唯一の党である,しかし地球規模で見るとドイツのCO2排ガス量は2.3%なのに対し,中国は28%,米国は15%なので,世界の諸国との協力なしには実現できず,ドイツは環境保護を世界規模で積極的に進める推進役を果たしている,と反論しています。
また,他の国々では二酸化炭素を排出している張本人にはCO2税が導入されているのにドイツは未だに躊躇し,被害者である一般市民の税金が使用される結果になっている,という非難に対しては,CDUは,経済か環境かの二者択一ではなく,経済および環境が大切なことを明示的に強調しています。
この環境問題は,REZO君やFridays For Future運動の盛り上がりだけではなく,今回の欧州議会選挙においても投票の鍵を握る最も重要なテーマでした。
したがって,REZO君のCDUの環境政策に対する非難に不公平なデータ誇張が含まれていたとしても,CDUのこの程度の回答では,環境政策におけるドイツ政府および欧州連合に対する非難が収まることはないと思われます。
彼らが強調しているのは,「自然環境の回復不可能な時点」というものがあること,そしてそれが間近に迫っていることの認識不足または,そのような回復不能な事態の存在を信じていないことを問題視しているわけですから,それが無視される限り,最も重要な環境問題に関しては平行線だと思われます。
環境がなければすべてが破壊するし,破壊を実際に蒙るのは若い世代。その頃はすべての大人たち,政治家たちはあの世に行っているのだから無責任,と叫んでいるのがFridays For Futureを支持する若い世代です。
経済と環境の両立は成り立たなくても構わない,環境のためには多くの犠牲を伴わなければならない,という若者たちの主張はナイーブなのでしょうか。
ナイーブなところがあったとしても,建設的且つ希望を失っていない若者主導の運動によって,これから政府主導の環境政策がどう変わるかが注目です。
3. Krieg und zerplatzte Menschen - 戦争と爆弾で炸裂する一般市民
REZO君が指摘する「米軍のゲーム的な新鋭爆撃」に対して,CDUは,2001年の9月11日に3000人の被害者を引き起こしたテロ組織撲滅のためにドイツも米国と合意契約を交わし協力していること,遊び的などではなく真剣であることを強調します。一般市民やイラクにおいてロイターの記者が米軍の爆撃を受け死亡した事件については事実を認めつつ,十分な事前調査を行ったにもかかわらず起きてしまった悲惨な事故だったといいます。
REZO君が言う,「君たちの庭先にどこからともなく飛んできた爆弾で自分のおばぁちゃんが破裂したらどんな気持ちになる? 中近東諸国で多くの市民が家族の破裂を目の前で体験したら,加害者に仕返しを考え,テロリストになったとしてもおかしくないんじゃないかなぁ」についてはノー・コメント。
また,攻撃におけるドローン使用についても,国際法に反するというREZOの主張は正しくないと反論。ドイツ国内の米軍基地に核兵器が置かれていることに対しては,「REZO君は,ドイツに核兵器が置かれていることでドイツ国民が護られている事実と,ロシアの核兵器がドイツに向けられている事実を,両方とも同じように考えているらしいですね」と,皮肉ともとれる,REZO君の無知なナイーブ性にチクリ。
REZO君が言う,Whistleblower や Wikileaks などからの「法を犯した」国家秘密の暴露がなければ,これらの事件は無かったものとして片付けれていたはずだ,という言に対しては回答はなく,また, Whisleblower および Wikileaks についても何らのコメントもCDUは出していない。
実際,世界のわずかなしかし強大な権力筋を除いて,ドイツ政府に限らず,世界中の報道関係者が利を得,世界中の人々の認識を深めた情報であるにもかかわらず,「法を犯したリーク」については議論どころか,テーマになることさえ避け,全く話したくない,という姿勢がはっきりと見えるようです。
REZO君が提起した,欧州大陸に流れ込む難民に対するEUおよびドイツの政策については,CDUは何もコメントしていません。CDU/CSU/SPDの見解が異なるため,回答を出すことが難しい,というのが理由ではないでしょうか。
同じく,「マリワナはなぜだめなんですか?」とCDU国会議員に訊いた答えが「法に反しているから」という部分に関してもコメントはありませんでした。
やっぱり大人は判ってくれない
さすがに,プロの広報記者やアドバイザーを擁する大政党からの回答は完璧です。
REZO君に賛同したどのぐらいの若者たちがこの回答を読んだか,また読んだ人たちのどれほどが納得したかについては知る由もありませんが・・・
論理的で優れた文章による回答を公表したドイツ政府(CDU)ですが,個人的には,若者たちに「あ,そうか」と思わせることはほとんどないような気がします。
因みに,緑の党の賛同者は若者層だけではなく女性も多いそうです。逆にAfDは男性が多いとか。
若者が強い正義感を持っているのはどの時代でも同じですが,現代の若者たちには少し異なった面もあり,ある意味ではナイーブ性を伴いつつも,大人たちの常識を覆すほど建設的な意識を持つ人たちもとても多いのです。
- 核兵器は全く不要だと思うので,核兵器が平和を保っているという論理が分からない。ましてや大国だけが核兵器を所有し,核兵器保有が禁止されていたイスラエルの核兵器がいつのまにか容認という世界の平和論理が理解できない。
- 自動車,飛行機,大型タンカー,大型クルーズなどが自然環境を害する大要素であることが明確でも,たゆまぬ経済発展は必要で,モノがより豊かな社会を望んでいるすべての人間の欲望に応えている健全な進歩,と決め付けていることが理解できない
- 人間は,良いことでも,我慢を強いられると行うはずはない,という考えが理解できない
- 禁止されているから,法に反するから,国家機密だから,と理由だけで,すべてが決められた「善」であるという社会の常識が理解できない
- 事業として利益を生めなければ誰も投資は行わない,という経済常識が理解できない
やはり,このような根本的な「大人たちの常識」に対して疑問を投げかけたREZO君に若者たちは共感を覚え,ビデオを見て「シェアする」をクリックしたのではないでしょうか。
マジョルカ島で環境も配慮せず,なりふり構わぬ遊びに夢中になる若者たちが多いのも事実ですが,非消費的・非生産的だけれども建設的な若者たちも多いのです。
環境を犯すという理由で肉食を止め,ヴィーガンにまで走る若者たち。
リサイクルだけでは問題解決にならないとして,プラスチック品の使用に敏感になり,自分の消費そのものを減らす方向に進む若者たち。
欧州連合の難民政策にも反し,逆効果だと大人たちに言われても,法を犯してまで地中海の難民をひとりでも助け続ける救助船を支持する若者たち。
自家用車の所有に大きな興味も示さず,飛行機もできる限り利用しないという若者たち。
人種差別に極めて敏感で,人種差別意識が相対的に低い若者たち。
ただ,彼らは独身世代。家庭を持ったり,独立生活が始まると見解は変わるかもしれない。また,彼らの消費の後退が経済に悪影響を与えるかもしれない。それでも,本来ならばドイツ政府(CDU/CSU)は喜ぶべきでしょう。利己的ではなく,世界に良かれ,社会に良かれ,と信じるが故に反旗を翻しているFridays For FutureやREZO & Friendsの意を汲んで,手を差し伸べ,知恵を貸すのが大人たちの役割であるという認識を持ちながら。
いい加減にしてくれ - CDUの破壊 - REZO
REZOに宛てた公開書簡 - 私たちの見解(CDUドイツキリスト教連盟)
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