ドイツとウクライナ戦争
ウクライナ戦争のニュースを見聞きしていると,各国の対応として,アメリカやEUは勿論,ドイツの姿勢が特殊且つ不可解として日本のメディアでも頻繁に取り上げられています。
ドイツ政府はもとよりドイツ市民はウクライナ戦争をどのように捉えているのかを知ってもらうために,英語や日本語のニュースで見られる「ドイツは・・」の補足として,ドイツのメディアに書かれた議論とドイツ人ジャーナリストの意見などを書いてみます。
ウソだけが方便?
その前に,まず,少なくとも,プーティン氏をよく知る多くのドイツ人がウクライナ侵略時に思ったことは「騙された!」です。ときすでに遅し,だったのですが,全員がそれぞれの形で「騙された!」と口ずさんだ,に違いありません。
メアケル元首相,シュレーダー元首相,ガブリエル元外相,ショルツ現首相,ベアボック現外相,独露交流団体,その他,多くの政治経済関係者,すべての人たちが。
「騙し」の中でも,特に,今年の2月の,ウクライナ侵略の疑いが指摘された後,ドイツおよび欧州の代表に「約束」したことは見事にすべて,「約束は破るためにある」になってしまったことで,ロシア文明の価値感まで首を傾げられる結果になりました。
広く知られたプーティンの手先術
ところで,2000年代から世界中の有力者に手を伸ばしているプーティン氏の行動は多くのジャーナリストが指摘していたのですが,特にこれまでのドイツのトップ政治家はまだ希望的観測を捨てなかったのです。
しかし,向こうが一枚上手だったことは今疑いようがありません。
アメリカでは大統領選挙に臨むずっと前から「女好きで,単純思考の有力者」としてトランプ氏が目(唾)を付けられていました。フランスはマリン・ル・ペン女史率いる極右,ドイツはなぜか社会党,なかでもシュレーダー氏だったのです。
ロシア人がテレビで語っていました。「世界の人たちはロシアが輸出しているのは資源だと思っているかもしれないけど,本当は賄賂なんですよ。例えばドイツのシュレーダー」
ときすでに遅し,と書きましたが,逆に言えば,これまでプーティン氏と関係を持ち,希望もつないでいた,少なくともドイツ人からはプーティン大統領は完全に信用を失い,戻ることはもう絶対ありません。
誰にも分からない,先が全く見えないウクライナ戦争
ドイツ国内にもロシア擁護派が多少はいますが,やはり圧倒的に。「止めるべきプーティンの戦争」という基本的な考えでは一致しています。
しかし,どのようにして止めるべきかとか,どのようにしたら止められるのかという議論はとっくに過ぎ去り,今は果たして止められるのかという1点に絞られていると思います。並行して,ドイツ,これまでのドイツの外交政策やドイツの政治(家)に責任はあるのか,どこかで誤ったのか,などの議論も並行して続いています。
ただ,日本のメディアによると,日本は「ロシアは悪,ウクライナは善」の一色になっていると書いてあります。事実だとすると,その点は少し異なります。
「ロシア(プーティン)の行動は侵略なので,侵略された側の市民は助けるべき」という考えが大勢を占めているはずです。
同時に,「ウクライナは善」ではなくても,以前のような,汚職はびこる政治不安定な国ウクライナというイメージは薄れ,同情を伴う一体感に変わったので,ウクライナへの批判は暗黙の禁止のような雰囲気になっているのは事実です。
モダンなディジタルマーケティングの効果もあったにしろ,パンドラペーパーのリストにも載り,政治能力も疑われていたセレンスキー大統領も,特に西欧での否定的な意見は消え去り,圧倒的な支持を受け始めたのはご存知の通り。
さて,「止めるべきプーティンの戦争」という点では,ドイツ国会も国民も意見は一致しているのですが,異なるのは,ロシアへの経済制裁およびウクライナへの武器援助の方法など,「どうやって」という方法です。
具体的には,ロシアからのガスと原油の輸入を即止めるべきか,それともドイツ政府の方針に沿った段階的な削減のほうが現実的なのか。
そして,武器に関しては,全面的な禁止,攻撃的な武器の禁止,重火器に限定した禁止,全面的な武器支援など,多様な意見があり,「武器」「攻撃的」「重火器」などの定義についても一定していないので誤解を生みがちです。
当初は,「紛争地域には武器を輸出してはならない」という基本法(ドイツ国憲法)に記された大義に沿ったドイツ政府の姿勢に多くの人が納得していましたが,戦時状況が長引くにつれ,ドイツ市民の考えが変わり始め,ドイツ政府の中でも意見が分かれ始めたわけです。
2ヶ月を経た現在,ドイツの新政権(信号の連立与党と呼ばれる,社会党,緑の党,自由民主党の3党)および野党との間で,大きく分けると,侵略国家から守るには武力しかない,という見解と,さらなる強力な武器(供与)は戦争をエスカレートさせ,例えば中距離原子爆弾のような取り返しのつかない悲劇を生むリスク大,とする慎重派のふたつに分かれています。
そんな中,毎日悲劇は広がり,しかし鍵を握っているのは,思考を読むことができないプーティン大統領ひとり,というジレンマがあるわけです。
ウクライナのドイツ批判は最もではあるけれど
在独ウクライナ大使は最初から一貫してドイツのウクライナ支援不足とこれまでの責任を批判し,ウクライナのセレンスキー大統領はドイツに対して「あなたたちは少しお金を払うだけだけれど,私たちは命を払っている。あなたたちは東西ドイツの壁が崩れて嬉しいかもしれないけれども,まだ東西ヨーロッパ間の壁は取り除いていないじゃないか」と,ドイツに厳しい言葉を投げかけています。
先日,ポーランドを訪問したシュタインマイヤー連邦大統領が,計画していたポーランド首相などとのキエフ行きを断念した事件がありました。
シュタインマイヤー連邦大統領も社会党ですが,在独ウクライナ大使ほか,シュタインマイヤー氏のロシアとの過去の緊密なネットワークを非難するウクライナ人は少なからずいるので,象徴的な意味しかない,としてシュタインマイヤー氏の訪問よりも,ショルツ首相が行くべき,というウクライナ首脳の声が大きかったのでしょう。
これまでの業績を高く評価され,つい最近圧倒的な票で再任されたシュタインマイヤー氏はドイツ国民に広く慕われ,且つドイツ連邦大統領というポストは「象徴的な意味しかない」ことは全くないはずです。
この事件で,筆者は新たにシュタインマイヤー氏はもとより,ドイツ人を見直しました。
多くのドイツ人はウクライナ人に「いい加減にしろ,調子に乗るな」と叫びたい気持ちをぐっとこらえ,今苦難の真っ只中にいるウクライナ人を批判するような言葉はおろか,そのような態度は微塵も見せなかったのです。立派です。
ガブリエル氏やショルツ首相の不平の弁がメディアに記されていましたが,それでウクライナ人が反省してくれることを願っています。
消えない一触即発の危険性
ところで,核爆弾への恐怖を持つ人たちがやや減るにつれ,ショルツ首相のような慎重派も以前と比較すると少なくなり,今はウクライナが必要とする武器を提供すべし派が増えていますが,ショルツ政権が批判されている最も大きな要因は,ウクライナ戦争に対する政策ではなく,ショルツ首相の指導力です。
リーダーとしての指導力は認めても,マフィアのような脅しを伴っている未曾有の危機においては,大きな口など吐かない,石橋を叩いて渡る思慮深いインテリの不言実行は適していないのではないか,という意見が強くなっているのです。
毎日毎日,国が破壊され,自国民が亡くなっている,真っ只中にいるとドイツや周辺国の支援不足に歯がゆい思いであろうことは十分に察します。しかし,
ショルツ首相の気持ちを代弁するならば,武力支援によって核爆弾や第三次世界大戦のリスクが1%でもあるならば,現戦争をエスカレートさせるようなことは一切行いたくない。
これからどうなるか分からない。
しかし,どのような成り行きになっても,どのような結果に終わっても,ドイツが批判され続けることはほぼ間違いない。
現在の対ウクライナ戦争への姿勢もしかり。そして,遅くとも2014年に行うべきだった対処を怠った,という過去の失策。
忠実に行ったひとつの業務が裏目に
ささいなことですが,ドイツの名誉のために,「ヘルメット5千個」の弁護をしたいと思います。
「 5千個のヘルメットしか送らなかったドイツ」が時あるごとに笑い沙汰になっていますが,ドイツ国防大臣の気持ちも分からないではありません。
個人的には,ウクライナ軍の代表とNATO,EU,またはドイツ政府およびドイツ連邦軍の代表とが顔を合わせあって「ウクライナ国の防衛方法および援助方法」について話し合わないのか不思議ですが,ドイツメディアによるとウクライナ側から出されたリストをドイツが検討するということが繰り返されているようです。
つまり,ウクライナ側が長いリストを記しても,当初は,ドローンなども含み,武器と成り得るモノはすべて削除されたはずなので,在庫があり,すぐに送付でき,連邦安保理の承認も不要なモノは,確かにヘルメットぐらいしかなかった可能性は十分あります。実際,ランブレヒト国防大臣は「リストにはヘルメットが記され,数量は書かれていなかったので5千個送った」と述べています。
つまり,ヘルメットが来たことにウクライナ側が驚く理由はないわけです。ロマチェンコがヘルメットを嘲笑したのは,気持ちは察しますが,彼はリストの内容を知らなかったにほかありません。
ただ,ドイツメディアにも書かれているように問題は別のところにあります。
そして,その問題が今注目を浴びているのです。
それは,ドイツの現政権,特にショルツ首相のコミュニケーションの方法です。コミュニケーション能力とは言いません。筆者のような者に,ショルツ首相に能力が欠けているなど分かりませんから。
ただ,メディアやトークショーなどで語られていることを総合すると「あぁやっぱりね」となります。
首相は勿論,大臣,党派代表などは毎朝毎日,秘書から多くの報告を受け,関連書類も山のように積まれているはずです。
そして,企業と同様に,やるべき課題・任務が各部署に散らばります。
そのとき,指令を与える側と指令を受ける側があるわけですが,実際の仕事の進め方は違うのではないか。
実際に動く人に対して「これ頼むよ」と言うだけのボスもいれば,関連部署の担当者に指令を出すと共に横の関係なども自ら確認または確認報告を要望するボスもいるはずです。
指令を受ける側も,言われたことを言われたとおりに行う人もいれば,自ら考え,何かあれば「社長お言葉ではありますが・・」と述べる人がいます。
どちらが良い,という問題ではありません。
よく言われるように,南欧の国民と比較すると,ドイツ人や日本人は忠誠心が強く,従って命令には忠実に従うことが「善」なのです。
ランブレヒト国防大臣は聡明な弁護士ですが,大臣というポストにおいて業務を忠実に行っただけのことです。
ウクライナ支援において,ロシアへの経済制裁およびウクライナへの武器供与について考えるとき,頭の中では前提条件についても同時に考えているはずです。正義,国際法,人道,平和などを最優先しても,今やるべきことの決断はむずかしく,解決の道は誰にも分からないジレンマで埋まっています。
ドイツ社会党(SPD)とドイツのひとり歩き
プーティンによるウクライナ侵略後,2ヶ月経ち,新ドイツ政府,特にショルツ首相と社会党に非難の矛先が向けられているのは知られている通り。
イラク戦争のとき,「世界が一致団結したイラク戦争なのに,ドイツだけが参戦しないのはおかしいのではないですか」と,日本から出張してきたビジネスマンに言われたことを覚えています。
しかし,最終的に,イラク戦争に頑なに反対してドイツ軍の参戦も行わなかったシュレーダー首相は賛辞を受けました。
ただ,シュレーダー首相が,辞任してすぐにロシアのガス会社の幹部になったと聞いたとき,まさにエッ?ウッソー!という印象を抱きましたが。
そのシュレーダー元首相が今は非難轟々。社会党員の剥奪まで要求されています。
同じ社会党のガブリエル元外務大臣は,「武器に関する懸案は常に連邦安保理の承認を要するのでショルツ氏がひとりで決めているわけでも,決められるわけでもない。また,ひとつの決定次第で世界の運命が左右されるかもしれず,ショルツ氏の苦難も考えてあげるべきだ。ドイツが築いてきたロシアとの関係が今回の戦争の遠因だというのは単純な考えだし,冷戦以後の我々の努力に間違いはない。ただ,ここ数年のプーティンの意図を見誤ったのは事実だし,私の誤りでもあることは認める」と言っているけれども,このような意見に対しても非難するメディアは多い。
なぜか?
大方の批判のポイントは,ドイツのひとり歩きにあります。そのひとり歩きが西欧の隣国にはドイツの傲慢さに映ります。ソ連に吸収されていた往年の社会主義国の東欧諸国は,独立当初からロシアに対する不信感が高いので,ドイツのロシア寄り,というかロシアとの関係改善を目指そうとするドイツの姿勢が気に入らないのは想像できますが,ドイツ国内においてもドイツ政府内においても,「ドイツのひとり歩き」が非難の対象になっています。
個人的には,これまでのロシアとの関係維持は正しかったと考えていますが,NS2パイプラインの件は,完成が近づくにつれ,多くの欧州諸国やEUからの反対の声が強くなっていたのに聞かず存ぜず,または民間プロジェクトだから,と言って政府は関わりたくないばかりの姿勢を見せ続けたことは理解し難い。
ガブリエル元外務大臣は,「 NS2 パイプラインはドイツだけの利害を考えてのプロジェクトではなかった。独立当時のウクライナは,賄賂あり,ロシアへの支払い困難など,問題が多く,このままではロシア依存が高まり危険になる,という判断があったので,NS2によって緩和されると考えていた」と述べていました。
今何をなすべきか,が現在の最優先テーマであることに間違いはありませんが,ドイツの反省を問うとき,2014年が節目になっています。それまでのドイツの外交やロシアとの関係は認めるにしても,ロシアのクリミア侵略時にドイツおよび欧州諸国がロシアに対して断固とした行動を起こすか,ミンスク合意を遵守すべきで,できないのであれば即対応策を練るべきだった,という論調が強いと思います。
ゴルバチョフのソ連なしではドイツ再統一は実現できなかったのに
でも,ドイツ再統一時との関連が,筆者が知っている限り,見たことがないのは不思議です。
ドイツ再統一を祝って国中が湧いていたとき,ギュンター・グラスは言っていました。「もっと時間をかけたほうが良かったのではないか。東独の人たちにゆっくり考える時間を与えたほうが良かったのではないか」
チェルノブイリ原子力発電所の事故,そしてロシア経済の破綻に苦しむゴルバチョフを助ける意思を示し,しかし本音は,自分の政治キャリアの最後を飾る絶好の機会が訪れてくれたとばかり,ドイツ再統一を一気に図ったコール元首相の罪は軽くない,と思っています。その後,本気でゴルバチョフを援助することもなく,ドイツ再統一に大きな役割を果たしたソ連の現状にも,再統一実現後は関心を示すこともなかった。
先日もテレビで当時の東独の反政府団体の女性が語っていました。
「私たちは東ドイツ政府には反対活動を行っていたけれども,社会主義国をつぶしたいという気持ちはありませんでした。新しい社会主義国の建設を始めたかったのです。それが一気に変わってしまって・・」
西ドイツマルクと東ドイツマルクの正式な両替率は5対1,実際は10分の1ぐらいの価値だった東ドイツマルクを,コール首相の恵みで,1対1の西ドイツマルクを得た東ドイツ市民は,西の自由社会を喜ぶよりも先に,ありとあらゆるモノ,特に贅沢品を血走った目で買いあさった。
ほとんどの人たちは,モノを買う喜びで輝き,有頂天になっていたころ,新しい社会主義国を望んでいた人たちは取り残された気持ちだったに違いありません。
当時,東ドイツ市民から崇められたコール首相は翌年卵をぶつけられ,30年経った現在,こんなはずじゃなかった,という声が多くの旧東独の人たちの間に未だに残っています。
また,プーティン大統領のウクライナ侵略を弁護する気は全くありませんが,1990年ごろ,旧東欧諸国のNATO加盟を抑制する政治家の声があったのは事実です。約束が取り交わされていたことも十分考えられます。
同時に,1990年代の後半,東欧諸国がどんどんEU加盟する様子を見て,ちょっと急ぎすぎるのではないか,と思ったのも覚えています。
国家という形はまだ数百年は残るかもしれません。
ヨーロッパに住んでいると,キリスト教および西洋の価値感のなかでも,アメリカと一線を画したヨーロッパがあることは世界の希望に覚えます。
理想的には,価値感を共有する,北米・南米,アジア,アフリカなどと地理学的な複数の大社会圏が確立されると良いのでしょうが,特大サイズのロシアがどこに属するのか分かりません。
いずれにせよ。まずはプーティン氏に去ってもらうしかないでしょう。
国際法も,正義も,道徳も,分別も,宗教も,話し合いも無力であることを突き詰められた今,武力の是か否かの決断を即下す必要性に,特にドイツは迫られています。
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