西ベルリンの案内をするときに必ず行く場所,そして西ベルリンの訪問者が一番感銘するスポットは,ブランデンブルク門やチェックポイント・チャーリーよりも,広大で殺伐としたポツダム広場の真ん中にポツンと置かれた木製の展望用ステージだったと思う。
目の前にある壁を越えた東ベルリン側がかろうじて見渡せる程度の高さ3メートルほどの展望台。緩衝地帯のところどころに立っている国境警備警察も,動物園のように観客からカメラを向けられることには慣れっこになっている。
すぐ左側にはブランデンブルク門,右の方角は雑草地帯なのでマーティン・グロピウス・バウ記念館の辺りまでは見えるけれども,その先はクロイツベルク地区の建物などで壁は隠れてしまう。
でも,東西の隔離がはっきりと感じられるこの舞台に来る途中,すぐ近くにある,廃墟となった幽霊屋敷のような旧大日本帝国大使館を見てきているので,多くの人たちの想像は高まる。
一部は鉄柵だったけれども,東西ベルリンの中央線を分ける壁の全長は43キロメートル。
そこに落書き。東側は,地雷が埋められているとも云われていた広い平地だし,警察も24時間警備しているから当然無理だけれども,西側は描き放題。他人のモノに落書きをしようが小便をしようが,所有者の警備員である東独警察はやって来ない。
いつから落書きが始まったのか分からない。1980年にはすでに見られたから,ひょっとすると壁建設直後からもしれない。しかし,それでも,半分ほどは何もなかったような気がする。アメリカン・グラフィティならぬ,ベルリン・グラフィティ。
TBSのディレクターの方がふと言った。「40キロか,長いんだね。でも壁のグラフィティというのは面白い。ぼくはベルリンの壁を隅から隅まで全部舐めるように撮影する番組を作るよ。これまでグラフィティを描いた人たちを何とか見つけて,撮影時には実際に描いてもらおう。数人でもいいから集めておいてくれないかな。日本に帰ったら,また連絡するから。」
実はこのディレクターは,ナチ強制収容所における1ユダヤ人の体験記録の短編をベルリン映画祭に出品するためにベルリンを訪問したこともあり,ナチス・レジームやホロコーストの記録に大きな関心を抱いていた方だった。
ブランデンブルク門などよりも,ベルリンの西端国境にあるグリーニッカー橋(別名,スパイ交換橋)やポツダム会談が催されたシシリアーンホーフのほうが,いろんな想いを馳せられる場所だったようだ。
ところで,ポツダム広場やチェックポイント・チャーリーなどでは,西側に居る限り,認識は低いけれども,一歩東ドイツ地区に足を踏み入れたり,周りの国境地点に近づくと非常に緊張する。
何らかの疑いをかけられたらおしまい,というか,かなりやっかいになることをみんな知っているのだ。
笑い顔はもちろん,微笑みさえも軽蔑している表情だと受け止められる恐れがあるので,国境検査時や東独内で警察に呼び止められたりしたとき,西の人はまず笑みはみせない。
共産圏の怖さを知らない人はときに無神経な誤りを犯すことがある。
西ベルリンから東ベルリンを訪問するときは,電車の場合はフリートリッヒ・シュトラッセ駅,車の場合はチェックポイント・チャーリーが国境検査点になる。
それで観光バスはチェックポイント・チャーリーから東ベルリンに入るのだけれども,国境では,アメリカ兵は手を振るだけ(行け,行け,という意),しかし東に入ると国境警備員がバスの中に入ってきて,パスポートその他のチェックを行う。
あるとき,アメリカの国旗がモチーフとなったTシャツを着ていた日本人の若者が注意を受けたことがあった。このシャツは脱いで着替えるように言われた,と記憶している。ところが日本人はそこで笑ってしまった。おそらく,「ええっ! なんで?」という感じだったのかもしれない。
国境警察は無表情で彼をバスから降ろし,数メートル先の西ベルリン側に戻るように命令調で伝えた。
結局,観光バスは彼を残して東ベルリン入り。結構よくあることなのかもしれない。
凍りついたような国境。モノクロ映画の東ベルリンに対する,カラー映画のような西ベルリン。この頃の東西ベルリンを少しでも体験した人は,わずか数年後に壁が崩壊して東西ベルリンが統合されることなど,全く想像できなかったと思う。
ディレクターの方も同じように,これからもずっと続く東西に分割されたドイツを頭に描いていたに違いない。
「ベルリンの壁のアーティストを日本のテレビ局が探しています」という趣旨の個人広告を週刊誌に掲載したらたくさんの応募があった。
しかし,その後,「人事異動で部署が変わったので,ベルリンの壁のプロジェクトは実現不可能になりました」との連絡。
本来ならば,絶好のタイミングだった,ベルリンの壁を全部撮影した記録ドキュメンタリー。
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